父が亡くなり、相続の手続きを始めた。
相続人は母と子どもたち。
ところが、母は認知症で、話し合いの内容を理解することが難しい。
銀行からは「相続人全員の合意が必要です」と言われ、手続きが止まってしまった。
この記事は、そうした場面に立ったお子さんに向けて書いています。
母のことを思って話を進めたいのに、なぜ進まないのか。
成年後見制度を使うと何ができて、何に気をつける必要があるのかを整理します。
この記事を読むと分かること
・認知症の母がいると、遺産分割が進まない理由
・父の預金や実家の手続きが、どこで止まるのか
・成年後見制度でできること・できないこと
・後見人がいても「母の分を子どもに」という分け方がしにくい理由
・申立ての前に確認しておきたいこと
やな美さん母は私たち子どもに任せるって言ってくれてたんですけど、
それでも私たちで決めてはいけないんでしょうか…?
1.遺産分割には相続人全員の合意が必要
01.母も相続人のひとりで、話し合いに加わる必要がある
遺言書がない場合、亡くなった方の財産をどう分けるかは、相続人全員の話し合い(遺産分割協議)で決めます。
父が亡くなった場合、配偶者である母も、子どもたちと並んで相続人のひとりです。
話し合いは、相続人全員が加わって合意しなければ成り立ちません。
ひとりでも欠けたまま決めた内容は、有効な遺産分割にはなりません。
02.母の判断能力が十分でないと、話し合いが成り立たない
遺産分割の話し合いに加わるには、どんな財産があり、どう分けると自分にどういう結果になるのかを、本人が理解できることが前提になります。
認知症が進み、その理解が難しい状態では、母が「それでいい」と言ったとしても、有効な合意とは扱われません。
以前から「子どもたちに任せる」と話していたとしても、それだけで子どもが母の分まで決めてよいことにはなりません。



全員が理解して合意すること、署名、実印での押印が必要になります。
2.父が亡くなり、遺産分割が止まる場面
01.父の定期預金を解約できない
亡くなった父名義の定期預金を相続の手続きで解約しようと、長女が銀行に相談した。
銀行からは、遺産分割協議書に相続人全員が署名し、実印を押したものが必要だと言われた、という場面です。
遺産分割協議書を作らずに、銀行所定の書類で手続きをする方法もあります。
ただ、その場合も、多くの銀行で相続人全員の署名と実印での押印が求められます。
➡ 母が話し合いの内容を理解して署名できなければ、どちらの書類も整いません。
父の定期預金は、解約できないままになります。


02.実家を長男が引き継ぐ形で分けたいが、話がまとまらない
実家は父の名義だった。
母は施設に入っていて、自宅に戻る見込みは少ない。
きょうだいで話し合い、近くに住む長男が実家を引き継ぐ形で分けたいと考えた、という場面です。
➡ きょうだいの間で意見がそろっていても、母が加わらなければ遺産分割は成り立ちません。
実家をどうするかも、決まらないままになります。





信頼してる子どもたちなのに、それだけでは決められないの?



母の代わりに、母の立場で考える人が必要になるんです。
3.成年後見制度でできること・できないこと
01.後見人が母に代わって遺産分割協議に加われる
成年後見制度は、判断能力が十分でなくなった方に代わって、財産の管理や契約をする人(成年後見人)を、家庭裁判所が選ぶ制度です。
成年後見人が選ばれると、後見人が母に代わって遺産分割の話し合いに加わり、協議書に署名することができます。
これで、父の預金の解約や、実家を誰が引き継ぐかといった手続きを進められるようになります。
02.後見人は母の取り分を守る立場にある
ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。
成年後見人は、母のために母の財産を守る立場にあります。
遺産分割の話し合いでも、母の利益を考えて臨みます。
一般に、後見人は、原則として母の法定相続分(父が亡くなって母と子が相続人の場合は2分の1)を確保することを前提として動きます。
そのため、「母はもう施設にいるから、母の分は少なくして子どもたちで分けよう」という分け方は、しにくくなります。
母が元気なころに「子どもたちに任せる」と話していたとしても、後見人が母の取り分を減らす合意に応じるのは難しい、と考えておいたほうがよいでしょう。
一方で、何をどう分けるかには工夫の余地もあります。
たとえば、実家は長男が引き継ぎ、その分、母は預金を多く受け取る。
こうした形で、母の取り分を確保しながら、きょうだいの希望に沿う分け方を探れる場合もあります。
母が受け取った財産は、後見人が管理し、これからの施設費用や医療費など、母自身の暮らしのために使われていきます。





後見人がついてくれると安心できるところもあるんですね。
03.相続人である子どもは、後見人に選ばれにくい
遺産分割のために成年後見の申立てをするとき、子どもを後見人の候補者として挙げることはできます。
ただし、候補者をそのまま選ぶかどうかは、家庭裁判所が決めます。
遺産分割がきっかけの申立てで、候補者が同じ相続人である子どもの場合は、選ばれにくいと考えておいたほうがよいでしょう。
子どもが後見人になると、自分も相続人でありながら、母の代わりに話し合いに加わる立場にもなります。
自分の取り分と母の取り分を、ひとりで決められてしまう形になるからです。
家庭裁判所が、専門職を後見人に選ぶことも考えられます。
仮に子どもが後見人に選ばれても、遺産分割については、母の代わりを務める人(特別代理人)を、家庭裁判所に別に選んでもらう必要があります。(後見監督人が選ばれている場合は、後見監督人が母の代わりを務めます。)
特別代理人も、後見人と同じく、母の取り分を守る立場で話し合いに加わります。
「家族の誰かが後見人になって、話し合いをまとめればよい」とはならないことを、申立ての前に知っておいていただきたいところです。



すぐにでも相続手続きを進めたいのに…
準備していないと時間がかかるんですね。
4.成年後見制度を始めたあとのこと
01.遺産分割が終わっても、現行では後見は続く
現在の制度では、成年後見は、本人の判断能力が回復しないかぎり、本人が亡くなるまで続きます。
遺産分割が終わったからといって、そこで終わりにすることはできません。
後見人は、その後も母の財産を管理し、収支を定期的に家庭裁判所へ報告します。
専門職が後見人に選ばれた場合は、家庭裁判所が決めた報酬を、母の財産から支払います。
また、申立てから後見人が選ばれるまでには、一定の期間がかかります。
その間、遺産分割は進められません。
02.改正法で、より使いやすい仕組みに変わる予定
2026年(令和8年)6月に、成年後見制度を見直す改正法が成立しました。
後見・保佐・補助の3つを「補助」に一本化し、必要な行為について必要な権限だけを付ける仕組みに改める内容です。
制度を利用する必要がなくなったと家庭裁判所が認めるときは、請求により終了できるようにもなります。
施行は遅くとも令和10年(2028年)12月24日までとされており、いまはまだ施行前です。現時点で申立てをする場合は、現行の制度が適用されます。
5.申立ての前に確認しておきたいこと
01.母の暮らしにとって、どう分けるのがよいか
まず、きょうだいで話し合っておきたいのは、「子どもがどう分けたいか」より先に、「母のこれからの暮らしに何が必要か」です。
・母はどこで暮らしていくのか。
・施設の費用は、母の預金や年金でどのくらいの期間まかなえるのか。
・実家に戻る可能性はあるのか。
こうしたことを整理しておくと、母の取り分をどういう形で受け取るのがよいかも考えやすくなります。
後見人が選ばれたあとの話し合いでも、母の暮らしの見通しを整理しておくことは、話し合いの手がかりになります。
02.親が元気なうちなら、遺言書という備えがある
今回の場面は、父が遺言書を残していれば、遺産分割の話し合いそのものが必要なかったかもしれません。
遺言書で、誰に何を引き継ぐかが決まっていれば、その内容にそって手続きを進めることができるからです。
この記事を読んでくださっているお子さんのご家庭に、まだ元気な親御さんがいらっしゃるなら、遺言書のことを話題にしてみるきっかけにしていただければと思います。



遺産をどう分けるか?と同時に、その後の親の暮らし方も
ご兄弟で話し合ってみてください。
6.まとめ
・遺言書がない場合、遺産分割は相続人全員の合意が必要で、母も相続人のひとりとして加わる必要がある。
・母の判断能力が十分でないと、話し合いが成り立たず、父の定期預金や実家の手続きが止まる。
・成年後見人は、母に代わって遺産分割の話し合いに加わることができる。
・後見人は母の取り分を守る立場にあり、原則として法定相続分の確保を前提に動く。「母の分を子どもに」という分け方はしにくい。
・相続人である子どもは、遺産分割がきっかけの申立てでは後見人に選ばれにくい。選ばれた場合も、遺産分割には特別代理人が必要になる。
・現行では、遺産分割が終わっても後見は続く。改正法で、必要がなくなれば終了できる仕組みに変わる予定。
・申立ての前に、母の暮らしにとってどう分けるのがよいかを、きょうだいで整理しておきたい。
遺産分割は、亡くなった父の財産を分けるだけでなく、残された母のこれからの暮らしにかかわる財産を決める場面でもあります。
急いで分け方を決めるより、母の暮らしの見通しを並べてみるところから、始めていただければと思います。
次回は、障がいのあるお子さんの親御さんに向けて、親亡きあとの支えを取り上げます。
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<出典>
民法第3条の2(意思能力)、第826条(利益相反行為)、第851条(後見監督人の職務)、第859条(財産の管理及び代表)、第860条(利益相反行為)、第900条(法定相続分)、第907条(遺産の分割の協議又は審判)/民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)
<免責事項>
本記事は、執筆時点の法令にもとづく一般的な情報提供を目的としています。個別の事情によって結論が異なる場合がありますので、具体的なお手続きについては専門家にご相談ください。










