前回は、遺言書があると「誰に、どう渡すか」をご自身で決められる、というお話をしました。
今回は、遺言書がない場合に、残されたご家族がどんな手続きを進めることになるのかを見ていきます。
ただ、手続きの大変さを並べるつもりはありません。
遺言書があってもなくても残る作業はありますし、遺言書で手続きがゼロになるわけでもありません。
今回お伝えしたいのは、遺言書があると、どの工程がなくなるのかという、その範囲です。
この記事を読むと分かること
- 相続手続きの最初に、なぜ出生から亡くなるまでの戸籍が必要なのか
- 戸籍を集めたあと、遺言書がないと相続人全員の同意が必要になること
- 相続放棄や相続登記の期限は、遺言書があってもなくても変わらないこと
- 遺言書で変わるのは、その期限の中で「誰かを待つ時間」があるかどうか
まつ子さん遺言書があれば、子どもたちは何もしなくて済むんでしょう?



実は、そうでもないんです。
遺言書があってもなくても、やることはあります。
相続手続きは、戸籍を集めるところから始まります
1.出生から亡くなるまでの戸籍が必要な理由
相続の手続きでは、まず「相続人が誰なのか」を確定させます。
そのために、亡くなった方が生まれてから亡くなるまでに入っていた戸籍を、すべてたどって集めます。
戸籍は、結婚や引っ越しに伴う本籍の移動、法律の改正による作り直しのたびに分かれていきます。
長く生きた方ほど、何通にもわたることがあります。
それをつなげて、ご家族が把握していないお子さんがいないかまで確かめる必要があるためです。
2024年3月からは、本人や配偶者、父母、子といった近い親族の戸籍であれば、最寄りの市区町村の窓口でまとめて請求できるようになりました。(戸籍証明書等の広域交付制度)
窓口にご本人が出向く必要があるなどの条件はありますが、以前に比べると集めやすくなっています。
参照:法務省「戸籍法の一部を改正する法律について(令和6年3月1日施行)」
2.戸籍集めは、遺言書があっても残る作業です
遺言書があっても、相続人が誰なのかを確かめる作業はなくなりません。
遺言執行者を決めている場合、その方は相続人全員に遺言の内容を知らせることになっていますし、金融機関によっては遺言書とあわせて戸籍一式を求められることもあります。
➡ 戸籍集めは、遺言書のあるなしにかかわらず、相続手続きの入口にある作業です。
違いが出てくるのは、その先です。
戸籍を集めたあと、相続人全員の同意が必要になる
1.遺産分割協議書と、全員の実印・印鑑証明書
遺言書がない場合、相続人が確定したら、次は財産の分け方を相続人全員で話し合います。
話し合いがまとまったら、その内容を遺産分割協議書にまとめ、相続人全員が署名して実印を押し、印鑑証明書を添えます。
預金の解約にも不動産の名義変更にも、この書類が必要です。



うちの長男、仕事で海外にいるんだけど、
そういう場合はどうしたら良いのかしら?
たとえば、お子さんのうちお一人が海外に住んでいる場合。
海外に住んでいる方は日本の印鑑証明書が取れないため、現地の日本大使館や領事館で署名の証明を受けてもらうことになります。
書類を国際郵便でやり取りし、平日に大使館へ出向いてもらう。
相手に悪気がなくても、ここで数週間から数か月かかることは珍しくありません。
➡ 全員の同意を集める工程は、一人の都合で全体の進み方が決まる工程です。
2.遺言書があると、同意を集める工程がなくなる
遺言書があれば、そこに書かれた財産については、相続人全員の同意を集めなくても手続を進められます。
ここが、遺言書で省ける一番大きな部分です。戸籍は集めます。
けれど、集めた戸籍をもとに一人ずつ同意を取り付けていく工程が、まるごとなくなります。
★お子さんなど相続人に「相続させる」と書いた財産は、受け取るその方が名義変更や預金の払い戻しを進められます(必要な書類は金融機関によって異なります)。
★相続人以外の方に遺贈する場合は、受け取る方だけでは手続きできません。
その場合、遺言執行者を決めておけば、執行者が手続きに加わるので、相続人全員に署名と実印をお願いして回る必要はなくなります
ひとつ気をつけたいのは、遺言書に書かれていない財産です。
その部分については、あらためて相続人全員の話し合いが必要になります。
そのため、遺言書には「その他一切の財産は○○に相続させる」と書き添えておくことが多くあります。



財産をすべて書き出したつもりでも、あとから小さな口座が見つかることはよくあるんです。
期限は、遺言書があってもなくても進みます
1.相続放棄は3か月、相続登記は3年
相続の手続きには、期限のあるものがあります。
相続放棄は、相続があったことを知ってから3か月以内に、家庭裁判所に申し立てる必要があります。
借金なども含めて引き継ぐかどうかを決める期限です。
相続登記は、2024年4月から義務になりました。
不動産を相続したことを知った日から3年以内に、名義変更を申請しなければなりません。
正当な理由なく申請しない場合は、過料の対象になることがあります。
どちらの期限も、遺言書があるかないかで変わることはありません。
2.遺言書で変わるのは、期限内に済ませられるかどうか
遺言書がない場合、不動産の名義を誰にするかは、相続人全員の話し合いで決まります。
話し合いがまとまらない間も、期限は進んでいきます。
まとまらない場合の手当てとして、相続人であることだけを法務局に申し出る仕組みも用意されていますが、それで名義が決まるわけではありません。
遺言書で「長女に相続させる」と書いてあれば、長女さんが一人で名義変更を申請できます。
他の方の同意を待つ必要がないので、期限の中で足止めされることがありません。
➡ 遺言書は期限を延ばしはしません。けれど、期限の内側で「誰かを待つ時間」をなくします。



期限は同じでも、「待つ時間」があるかどうかで、
手続きの進み具合は変わってくるんです。
遺言書は、手続きをなくすのではなく「一本道」にするもの
ここまで見てきたように、遺言書があっても戸籍は集めますし、期限もあります。
遺言書は、ご家族の手続きをゼロにするものではありません。
変わるのは、道の形です。
遺言書がない相続手続きには、相続人全員の足並みがそろうのを待つ分かれ道が、いくつも出てきます。
遺言書があると、その分かれ道がなくなり、受け取る人が自分の足で進める一本道になります。
どちらの道を残すかは、ご本人にしか選べません。



忙しい家族の手を煩わせることがかなり減らせるってことね!
まとめ
・相続手続きは、出生から亡くなるまでの戸籍を集めて相続人を確定するところから始まり、これは遺言書があっても残る
・遺言書がないと、そのあと相続人全員の署名・実印・印鑑証明書を集める工程が必要になる
・遺言書があれば、書かれた財産は受け取る人や遺言執行者が手続きを進められ、全員の同意を集める工程がなくなる
・相続放棄の3か月、相続登記の3年という期限は、遺言書があってもなくても同じ
・遺言書は期限を延ばさないが、期限の中で誰かを待つ時間をなくす
次回はシリーズの最後として、遺言書を「決められるうちに決めておく」ことについてお話しします。
<出典>
民法第907条(遺産の分割の協議)/民法第915条(相続の承認又は放棄をすべき期間)/民法第1007条(遺言執行者の任務の開始)/不動産登記法第76条の2(相続等による所有権の移転の登記の申請)/不動産登記法第76条の3(相続人である旨の申出等)/不動産登記法第164条(過料)/戸籍法第120条の2(戸籍証明書等の広域交付)
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