親や配偶者が認知症になり、施設への入居を考えはじめた。
費用は本人の預金から出すつもりで銀行の窓口へ行ったところ、「ご本人の意思が確認できないと解約できません」と言われた。
この記事は、そうした場面に立ったご家族に向けて書いています。
本人のために使うお金なのに、なぜ手続きが止まるのか。
そのとき成年後見制度で何ができるのかを、順に整理します。
この記事を読むと分かること。
・家族でも、夫婦でも、本人の預金を解約できない理由
・預金の解約が止まりやすい2つの場面
・成年後見制度でできること、できないこと
・制度を始めたあとの話と、2026年に成立した改正法の方向
・金融機関の例外的な対応がどこまで期待できるか
やな美さん夫の施設代を夫の預金から払いたいだけなのに、
妻の私が手続きできないなんて…。
1.本人のためでも預金を解約できない理由
01.預金は名義人本人の財産(夫婦でも同じ)
預金は、口座の名義人本人の財産です。
親子でも夫婦でも、家族であることを理由に、本人に代わって解約することはできません。
長年、家計をひとつにしてきたご夫婦ほど、ここで戸惑われます。
けれども法律上は、夫名義の預金は夫のもの、妻名義の預金は妻のものとして扱われます。



例えば、家族の口座から本人以外が生活費を引き出すことは
家庭内ではよくあることだと思います。
02.解約や高額の払戻しは、窓口で本人の意思確認が必要になる
定期預金の解約や、まとまった額の払戻しは、窓口での手続きになります。
銀行は、その手続きが本人の意思によるものかを確認します。
認知症が進み、本人が手続きの内容を理解して答えることが難しい場合、銀行は意思を確認できません。
その結果、解約の手続きは進まなくなります。
03.本人のためなのに、家族が代わりに手続きできないのはなぜか
「使いみちは本人の施設費用なのに」と感じるのは、もっともなことです。
それでも家族が代わりに手続きできないのには、2つの理由があります。
ひとつは、本人の財産を守るためです。
銀行の窓口からは、そのお金が本当に本人のために使われるのかを確かめることができません。
家族を疑っているのではなく、誰が来ても同じ扱いにすることで、本人の財産を守っています。
もうひとつは、ご家族自身のためです。
代わりに手続きをする権限がないまま、まとまった額の預金を動かすと、あとになって使いみちを説明するのが難しくなります。
本人が亡くなって相続が始まったとき、ほかの相続人から「あのお金はどうなったのか」と尋ねられ、思わぬ疑いを向けられることもあります。
正式な権限にもとづいて手続きをし、記録を残しておくことは、本人だけでなく、手続きをした家族を守ることにもつながります。
2.預金の解約が止まる2つの場面
01.親の施設入居の費用に、親の定期預金を充てたい
母が認知症になり、有料老人ホームへの入居を決めた。
入居時にまとまった費用が必要で、母の定期預金を充てようと、長女が通帳と印鑑を持って窓口へ行った、という場面です。
➡ 子が窓口へ行っても、本人の意思が確認できなければ解約はできません。
入居の時期が迫っていると、子がいったん自分のお金で立て替えることになります。
02.配偶者の施設を契約するため、配偶者名義の預金を解約したい
夫が認知症になり、自宅での介護が難しくなった。
施設の契約にあたって、夫名義の定期預金を解約しようと、妻が窓口へ行った、という場面です。
➡ 夫婦であっても、妻が夫に代わって解約することはできません。
使いみちが夫本人のための施設費用であっても、同じです。



どちらの場面も、お金は本人のために使おうとしています。
ここで問題となるのは、『誰が手続きできるか』ということ。本人でなければ止まってしまうのです。
3.成年後見制度でできること・できないこと
01.後見人が本人に代わって預金を解約し、施設費用を支払える
成年後見制度は、判断能力が十分でなくなった方に代わって、財産の管理や契約をする人(成年後見人)を、家庭裁判所が選ぶ制度です。
成年後見人は、本人に代わって預金を解約し、施設の入居費用や利用料を本人の財産から支払うことができます。
施設との入居契約も、成年後見人が本人に代わって結べます。
令和7年の統計では、申立ての動機として「預貯金等の管理・解約」を挙げたものが93.4%にのぼります(動機は複数挙げられる場合があります)。
預金の手続きが止まったことをきっかけに制度の利用を考える方は、決して少なくありません。
02.使いみちは本人のためのものに限られ、家庭裁判所に報告する
成年後見人が管理するのは、あくまで本人の財産です。
使いみちは本人のためのものに限られ、収支は定期的に家庭裁判所へ報告します。
「家族が自由に引き出せるようになる制度」ではない、という点は、はじめに知っておいていただきたいところです。
03.後見人は家庭裁判所が選ぶ
申立ては、本人の住所地を管轄する家庭裁判所に対して行います。
松戸市、野田市、柏市、流山市、我孫子市、鎌ケ谷市にお住まいの方は、千葉家庭裁判所松戸支部です。
申立てができるのは、本人、配偶者、四親等内の親族などです。
千葉家庭裁判所松戸支部はこちらにあります。
申立てのときに、家族を後見人の候補者として挙げることはできます。
ただし、誰を選ぶかを決めるのは家庭裁判所で、候補者がそのまま選ばれるとは限りません。
司法書士や弁護士などの専門職が選ばれることもあります。
また、申立ての準備から後見人が実際に動けるようになるまでには、一定の期間がかかります。
4.成年後見制度を始めたあとのこと
01.現行では、原則として本人が亡くなるまで続く
現在の制度では、成年後見は、本人の判断能力が回復しないかぎり、本人が亡くなるまで続きます。
定期預金の解約が済んだからといって、そこで終わりにすることはできません。
専門職が後見人に選ばれた場合は、家庭裁判所が決めた報酬を、本人の財産から支払います。
「一度始めたら、ずっと続く」という点が、制度の利用をためらう理由としてよく挙げられてきました。



「亡くなるまで続く」と考えると負担も大きく感じますね…
02.改正法で「必要がなくなれば終了できる」仕組みに変わる予定
この点については、2026年(令和8年)6月に、成年後見制度を見直す改正法が成立しました。
判断能力が回復していなくても、制度を利用する必要がなくなったと家庭裁判所が認めるときは、請求により終了できる仕組みに改める内容です。
施行は、公布の日(令和8年6月24日)から2年6か月以内、遅くとも令和10年(2028年)12月24日までとされています。いまはまだ施行前で、現時点で申立てをする場合は、現行の制度が適用されます。
5.申立ての前に確認しておきたいこと
01.金融機関の例外的な対応は、ごく限られている
「事情を話せば、銀行が応じてくれるのでは」と考える方もいらっしゃいます。
全国銀行協会は、2021年に、判断能力が低下した方の預金についての考え方を公表しています。
そこでは、本人の財産を守る観点から、親族に成年後見制度の利用を求めることが基本とされています。
代理権のない親族からの依頼に応じるのは、本人の医療費の支払いなど、本人の利益になることが明らかな場合に限った、極めて限定的な対応という位置づけです。
定期預金を解約してまとまった額を動かす場面では、成年後見制度の利用を前提に考えておくほうが現実的です。
<参照>「金融取引の代理等における考え方および銀行と地方公共団体・社会福祉関係機関との連携強化に関する考え方について」2021年2月18日(一般社団法人 全国銀行全国銀行協会)
02.判断能力があるうちなら任意後見という備え方もある
もうひとつ、ご家族ご自身のこととして考えていただきたいのが、任意後見です。
任意後見は、判断能力があるうちに、将来の手続きを任せる人と内容を、自分で決めて契約しておく制度です。
誰に頼むかを自分で選べる点が、法定後見との大きな違いです。
配偶者の預金のことで窓口に立った方は、「自分のときはどうなるだろう」とお感じになることがあります。
今回の経験を、ご自身の備えを考えるきっかけにしていただければと思います。



夫のことで手いっぱいだったけれど、自分のことも
考えておかないといけないね…
6.まとめ
・預金は名義人本人の財産で、親子でも夫婦でも、代わりに解約することはできない。
・本人のための施設費用であっても、窓口で本人の意思が確認できなければ解約は止まる。
・成年後見人は、本人に代わって預金を解約し、施設費用を支払える。ただし使いみちは本人のためのものに限られる。
・現行では原則として本人が亡くなるまで続く。改正法で、必要がなくなれば終了できる仕組みに変わる予定。
・金融機関の例外的な対応はごく限られており、まとまった額の解約は成年後見制度を前提に考える。
・正式な権限で手続きをすることは、本人だけでなく家族を守ることにもなる。
もし、ご家族の預金の手続きについて同じような経験をされた方がいらっしゃれば、ぜひご自身の備え(任意後見)を考えるきっかけにして下さい。
成年後見制度を使うかどうかは、急いで決めるものではありません。
費用の見通し、ほかの方法の有無、ご家族の状況を並べてみてから、考えていただければ十分です。
次回は、施設費用のために親の自宅を売りたいときの手続きを取り上げます。
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<出典>
民法第7条(後見開始の審判)、第843条(成年後見人の選任)、第859条(財産の管理及び代表)/全国銀行協会「金融取引の代理等に関する考え方および銀行と地方公共団体・社会福祉関係機関等との連携強化に関する考え方(公表版)」(2021年2月18日)/最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―令和7年1月~12月―」/民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)
<免責事項>
本記事は、執筆時点の法令にもとづく一般的な情報提供を目的としています。個別の事情によって結論が異なる場合がありますので、具体的なお手続きについては専門家にご相談ください。









