<事例>
ある男性は、自分が亡くなった後の配偶者の生活を案じ、遺産の全てを配偶者に残そうと公正証書遺言を作成しました。
男性にとって法定相続人は、配偶者、子ども3人の計4人です。
特に重要だったのが、夫婦で居住している不動産です。
これが遺産分割されるようなことになって、配偶者の住む場所がなくなるような事態だけは避けたい、と男性は考えたのです。
かつ、配偶者の老後の生活資金として現金などの資産も確保しておきたい、との考えから、子ども3人に遺留分放棄をしてもらうことになりました。
相続開始前の遺留分放棄には、家庭裁判所での手続きが必要です。遺留分放棄を強要されることがないよう、相続人の希望があっても家庭裁判所の許可が必要となっているのです。
ここで、この事例によると男性の死後、遺産はどう分割されるのかを検証します。
遺言による遺産分割は法定相続に優先する
まずは、公正証書遺言という法的に十分な効力を持つ遺言書を作成していることがポイントです。
遺言書による被相続人の意思は、法定相続に優先されるので、ひとまず遺言書通りの遺産分割が行われると言っても良いでしょう。
子ども3人が遺留分を放棄している
次のポイントとしては、法定相続人である子ども3人が相続開始前に遺留分を放棄していることが挙げられます。
遺言書があればその内容が優先される、とは言っても、遺留分という法定相続人に法律上認められた権利を奪うことはできません。
事実、遺留分を考慮しない遺産分割方法を指定した遺言書を残した場合、相続開始後に遺留分侵害額請求という訴えを起こされることがあるのです。
しかしこの男性の場合、子ども3人がみな遺留分を放棄していますので、配偶者が全ての遺産を相続することは、ほぼ間違いないでしょう。
孫の代襲相続はどうなる?
ここで一つ懸念が出てきました。
子どものうち一人は離婚歴があり、その子ども(男性にとっては孫)がいるのですが、離婚時の経緯から孫に遺産が渡ることは避けたいとも考えました。
相続人が何らかの理由で相続権を失うと、その子もしくは孫が代襲相続という形で相続することになります。
この場合も、子ども3人がみな、遺留分を放棄したのに、疎遠になっている孫が代襲相続人になってしまい、相続開始後に遺留分を請求してくるのでは?ということです。
結論から申し上げますと、孫の代襲相続は発生しません。
なぜなら、遺留分を放棄した場合でも相続権は失われず、依然として子どもが相続人となるからです。
また、男性が亡くなる前に子どもが亡くなり、代襲相続が発生するとしても、すでに遺留分放棄をしている立場を代襲相続する、と考えるので、孫からの遺留分侵害額請求はできないのです。
代襲相続について補足
では、一般的に代襲相続が起こる場合とはどんなケースがあるのでしょうか?
①相続人(子ども)が、被相続人(男性)より先に死亡していた場合
子どもの子、いなければ孫が代襲相続人として男性の遺産分割協議に参加することができます。
②相続人が相続欠格、相続廃除となった場合
被相続人への虐待、遺言書の改ざん、財産の使い込み…など、生前に被相続人への重大な違法行為があった場合は、相続欠格者として相続人ではなくなります。
また非行などを原因として被相続人から相続廃除の申立てがあり、それが認められると法定相続人であっても相続人から排除され、相続権を失います。
この二つのケースでは、欠格者、廃除者となるのはその相続人本人に限定されるので、その子または孫は欠格者にも廃除者にも当たらず、代襲相続が発生します。
③相続人が相続放棄した場合
相続放棄する、ということは始めから相続人ではなかったことになる、ということなので、当然その子または孫にも相続権は発生せず、代襲相続も起こりません。
まとめ
残される配偶者の生活をどう保障するか?多くの方が頭を悩ませることだと思います。
実は遺言書で配偶者に全財産を相続させる、という指定をしなくとも、相続開始前まで居住していた不動産については、一定の条件下で配偶者には配偶者居住権という権利が認められることがあります。
そうすれば、配偶者は終身、住むところの心配をすることはなくなるのです。
(もっとも、この場合も遺産分割協議や登記が必要になるので、遺言書で配偶者の配偶者居住権について明記しておいた方が確実です。)
ただ、男性は子ども3人のうちに相続人としてふさわしいかどうか、不安が残る人物がいたために、万全を期して公正証書遺言&遺留分放棄、という手段を取りました。
もし、ご自分のケースに当てはまる部分があるのでしたら、今回の事例も参考になさってみてください。