遺言書について3回に分けてお話ししてきました。
最終回は、書こうかどうか迷っている方が最後に引っかかる一点についてです。
「いま決めてしまって、あとで気が変わったらどうするのか」
結論から言えば、遺言は撤回することもできますし、何度でも書き直せます。
遺言書は、一度書いたらそれで確定するものではありません。
いま分かっていることの範囲で決めてよく、必ずしも将来のすべてを見通してから書く必要はないということです。
この記事を読むと分かること
・遺言書は何度でも書き直せることと、そのための手続き
・遺言をしても、それに縛られることはないという事実
・遺言書を作れるのは判断能力があるうちだという前提
・「今の気持ち」のまま書いてよい理由
まつ子さん「一度書いたら、もう変えられないんでしょう?
だからなかなか決心がつかなくて」



「いえ、撤回や書き直しも大丈夫です。
ただ、書ける時期だけは考えて下さいね。」
1.遺言書は、いつでも書き直せます
01.新しい遺言書を書けば、前の内容は効力を失う
遺言書は、いつでも撤回することができ、何度でも書き直しができます。
理由を説明する必要もありませんし、誰かの同意も要りません。これは法律に定められています。
書き直す方法でいちばん確実なのは、新しい遺言書を作ることです。
前の遺言書と内容が食い違う部分は、新しいほうが優先されます。
全部を書き換えてもいいですし、一部だけ変えることもできます。
書き直す理由は、たいてい暮らしのほうから出てきます。
財産の中身が変わった。家族が増えた、あるいは減った。関わり方が変わった。
そうしたときに、あらためて向き合えば足ります。
02.遺言書に書いた財産も、生前は自由に売却・解約できる
ここは誤解されていることが多い点です。
「自宅は長女に相続させる」と書いた遺言書があっても、その自宅を売ることはできます。
「○○銀行の預金は長男に」と書いた口座を解約して、生活費や医療費に使ってしまってもかまいません。
誰かの許可を取る必要もありません。
遺言書に書いたからといって、その財産が凍結されるわけではないからです。
遺言書の効力が生じるのは、あくまで亡くなったあとです。
それまでは、財産はこれまでどおりご自身のもので、使い道もご自身が決めます。
売却や解約をした部分については、その範囲で遺言を撤回したものとして扱われます。
慌てて書き直さなくても、残りの部分について遺言書は有効なままです。
ただし、財産の中身が大きく変われば、残った分の行き先が当初の考えと合わなくなることもあります。
そうなったときが、書き直しどきということになります。
2.書き直すときに、気をつけたいこと
01.自筆証書は、破棄すれば撤回になる
ご自身で書いた遺言書を破り捨てた場合、その部分は撤回したものとして扱われます。
手元に置いている自筆証書であれば、これで足ります。
ただし、法務局の保管制度を利用している場合は違います。
預けたままでは手元の控えを捨てても意味がありませんので、保管をやめる手続きをして、遺言書を返してもらう必要があります。
02.公正証書は、手元の正本を捨てても撤回にならない
ここは誤解の多いところです。
公正証書遺言は、原本が公証役場に保管されています。
お手元にあるのは正本や謄本で、これを捨てても原本はそのまま残ります。
つまり、捨てても撤回したことにはなりません。
公正証書遺言を書き直す場合は、新しく遺言書を作ることになります。
新しいものは自筆証書でも構いませんが、内容が食い違ったときにどちらが新しいかで迷いが生じるため、公正証書で作り直す方が多いです。
公正証書で作り直すとなると、またその分の手数料がかかってきます。
負担はありますが、公正証書で遺言を残す意味を考えたときに、自分の意思や希望を確実に残すためだとすれば、納得の行く方も多いのではないでしょうか。



実情に合っていない遺言書が残っているより、
ずっといいのでは…とお伝えしています。
3.遺言書を作れるのは、内容を理解して決められるうちです
01.判断の基準になるのは、診断名ではなく本人の状態
書き直しが自由である一方、作れる時期には限りがあります。
遺言書は、その内容を理解して自分の意思で決められる状態でなければ作れません。
ここで誤解されやすいのですが、認知症などの診断名そのもので線が引かれるわけではありません。
見られるのは、そのときご本人が内容を理解し、自分で決められる状態にあるかどうかです。
公正証書で作る場合は、公証人がご本人と直接話をして、そこを確かめます。
難しいと判断されれば作成は進みませんし、理解して決められる状態であれば作ることができます。
02.後見が始まったあとでも作れますが、争いのもとになりやすい
成年後見が始まったあとでも、判断能力が一時的に回復しているときであれば、医師2人以上の立会いのもとで遺言書を作ることはできます。
制度としての道は残されています。
ただ、この場合は「そのとき本当に理解して決められる状態だったのか」という点が、あとから問われやすくなります。
ご本人がいない場所で、その一通が有効かどうかを巡って家族が向き合うことになりかねません。
せっかく残した意思が、争いの入口になってしまいます。
なお、判断能力があるうちにしかできない備えは、遺言書だけではありません。
ご自身が将来に備えて支援する人を決めておく任意後見契約も、同じ時期にしか結べません。
任意後見についての解説をした記事はこちら➡
4.絶対変えない、ではなく「今の気持ち」を大切に
遺言書を書かない理由として最も多いのは、もめそうだからでも、財産が少ないからでもなく、まだ決めきれないからではないかと思います。
誰にどれだけ渡すのがよいか、これで本当にいいのか。
考え出すときりがありません。



兄弟公平に?それともそれぞれの事情に合わせて?
考えても、なかなか決められないのよね…
遺言書を作るのは、簡単な作業ではありません。
どこにどんな財産があるのかを洗い出し、これまでのことを振り返り、誰に何を託すのかをご自身の言葉にしていく。時間もかかりますし、気持ちも使います。
思い立ったその日に書き上がるようなものではありません。
だからこそ、書き直せることに意味があります。
考えて仕上げた一通が、何年か先の事情の変化で足かせになることはありません。
先々まで見通しがついてから書こうとすると、いつまでも書けません。
いま分かっていることの範囲で決めて、変わったときにあらためて向き合えばよいのです。
このシリーズでお伝えしてきたことを並べると、こうなります。
・もめないご家族にも、全員の合意がないと進まない手続きがある。
・法定相続が決めているのは相続人と割合だけで、渡したい相手までは決めていない。
・遺言書があると、全員の同意を集める工程がなくなる。
・書いたものはいつでも書き直せる。
まとめ
・遺言書はいつでも何度でも撤回でき、誰かの同意も理由の説明も要らない
・書き直す方法は、新しい遺言書を作るのが最も確実
・自筆証書は破棄で撤回になるが、法務局に預けている場合は返してもらう手続きが必要
・公正証書は原本が公証役場にあるため、手元の正本を捨てても撤回にならない
・書き直す自由には制限はないが、遺言書を作れるのは判断能力があるうちだけ
・将来のすべてを見通してから書く必要はなく、いま分かる範囲で決めてよい。大きく事情が変われば、いつでも書き直すことができる
<出典>
民法第961条(遺言能力)/民法第963条(遺言能力)/民法第973条(成年被後見人の遺言)/民法第1022条(遺言の撤回)/民法第1023条(前の遺言と後の遺言との抵触等)/民法第1024条(遺言書又は遺贈の目的物の破棄)/法務局における遺言書の保管等に関する法律第8条(遺言書の保管の申請の撤回)
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